G-BLEDE GAIDEN INTERLUDE ROT STRAUβ


―4―
<The First Part 4>

A girl fetl displeased





 いつの頃からだろう?

 彼女がこの施設『センター』に初めてやってきたのは今から約1年半前――。ここでの生活を送るうちに気がついたらいつの間にか、頻繁にこの中央ラウンジに足を運ぶようになった。

 理由は分からない。

 しかし、いつしかこの半球状の天井から空を眺めることが、彼女の日課になっていた。



 センターでの生活は悪くなかった。

 この施設ではモビルスーツに関する新技術開発を行っていること。

 それは人の精神と機械のシンクロを図るシステムであること。

 それには現時点では常人以上に感覚の鋭い人間の協力が必要不可欠であること。

 そして孤児院で暮らしていたランがその被験者に選ばれたこと――センターに初めて連れて来られた日に、ランはそれらの事柄をトゥールソン所長からレクチャーされた。

 この施設にいる自分以外の人間といえば、保安要員や設備管理の雑用スタッフを除けば、ほとんどが機動試験を一週間後に控えた実験機のための研究・開発スタッフだ。

 彼ら研究者からしてみれば、ランの存在も研究対象のひとつ。もっと端的に言ってしまえば、開発中の実験機のパーツと同じだった。

 しかし、だからといって決して彼女は非人道的に扱われている訳ではない。

 被験者としてのマシンを扱う上での様々なレクチャーや各種データ収集や試験のために、一日の行動は決められたカリキュラムに従う必要はあったが、それ以外は比較的自由に施設内で行動することも許されている。

 ただ、ここにいる人間たちは誰もがパイロット被験者として以外、彼女に興味を持たない。彼女もその方が都合がよかった。あくまで彼らと彼女との関係は、研究者と被験者であって、互いにその一線を越えた信頼関係や交流など持つ必要はないとランも考えていた。

 将来役に立つであろう知識を吸収する作業は、苦にならなかったし、シミュレータとはいえモビルスーツの操縦は楽しい。

 何よりもそうすることによって、自分自身の存在を周囲に認めさせることができる。

 自分は泣いてばかりだった孤児院の子どもたちとは違う。そのことを証明するために、自分の存在を標すためにここにいる。

 彼女にとって周囲の人間は、いつしか自分の価値を認めさせるためだけの存在となっていた。


   *


 その日もまたいつものように、彼女は空を見上げていた。

 空を見ることは、好きだ。

 あのどこまでも続く蒼い空を眺めていると、自分も遠く、どこまでも飛んでゆけそうな気がする……。

 この中央ラウンジは大抵いつも、ランの他には誰もいない。本来は憩いの場となるべき空間も、研究開発に没頭するこの施設のスタッフたちにはあまり必要にはされていないらしい。

 だがその日は珍しく、ランの他にもここを訪れる者がいた。

 彼女は他人対して必要以上に関心を抱いたことがほとんどない。

 それでもその時はその女性を見て、今まで施設内で見かけたことがない人物だ、くらいのことは思った。

 この施設は実験研究施設という性格がそうするのか、または極東地方という中枢から離れた地理的な要因のせいなのか、人の出入りが極端に少ない。

 研究員はもちろん、その他の施設のスタッフまで人事をあまり異動しないのは、やはり機密保持のためなのかも知れない。最近でもこの施設に増えた人員はランが知る限り、三ヶ月ほど前に情報管理のために新たに雇われた職員がひとりだけである。

 だから彼女を見て、一週間後のテストのためにまたスタッフが補充されたのか、くらいのことは考えた。もっとも、補充スタッフにしてはややうな垂れ気味な格好でため息ばかりついているのが気にはなったが……。

 光梁照明に照らしだされたリノリウムの廊下の先から、その女性はランのいる中央ラウンジへと歩いてくる。

 ランが目を向けているうちに、その女性もこちらに気がついたようだ。少し首を傾げる様な仕草をした後、ランと同じように瞳を見つめ返してきた。

「…………」

 しばし無言のまま見つめ合う。

 やがて彼女は軽く笑みを浮かべると、親しげにランに話しかけてきた。

「こんにちは。わたしはメアリー……今日初めてここにやってきたの。あなたのお名前は?」

 話しかけられても、ランはただジッとその女性を見つめていた。ランが何も反応を返さないのに、彼女は困っているようだった。ランが気まぐれに返事を返すと、その女性はホッしたのか屈託のない表情でさらに話しかけてくる。

 ランはそんな彼女を見ながら、何処か違和感を憶えた。

 彼女を見ていると何か落ち着かない……嫌な感じがするのは何故だろう?

「……あなたはお空が好きなの?」

 初めて会ったはずのその女性がランに向ける声は優しく、好意にあふれている様に思えた。だが、そのことが余計に苛立つ。

ランは無意識の内に唇を噛み締める。

「――なんだったら、お姉さんが一緒に……あの、ごめんなさい。わたし何かヘンなこと言っちゃったかな?」

 親しげに話していた女性の声が、突然驚きに変わる。

 ランは彼女をひと睨みすると、そのまま無視して歩き出した。

「待って、お姉さんが何かおかしなことをいったなら謝るわ。だから……」

 慌てて追いかけるように声をかけてくる彼女に、心の中で答える。

(別にあなたは悪くないわ。ただ、邪魔なだけなのよ……)

 自分は今までひとりで生きてきたし、これからもひとりで生きていくつもりだ。

 そう――他人の好意などランには邪魔なだけだ。

「……ついて来ないで」

 そう言い捨て、ランはその場を後にした。

 自分はかつての仲間たちとは違う。弱い人間とは違う。

 自分は他人に甘えてばかりの他の子どもとは違うのだから。自分はひとりで生きていける、強い人間だから。

 だからランには人の優しさなど必要ない。

 淡い照明に照らされた廊下をひとり、歩きながら、ランは再び唇を噛み締めた。



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