G-BLEDE GAIDEN INTERLUDE ROT STRAUβ


―2―
<The First Part 2>

meet by chance




 五年前の戦争――それが地球圏にもたらしたもっとも大きな影響は、経済的な混乱だった。

 最初に武力を行使したのが、ヘリウム3(核融合発電に使われる現在の地球圏を支える燃料資源)の採掘地である木星圏であったことも、混乱をよりいっそう深めた。

 経済の混乱は、企業間の勢力争いにも影響を及ぼす。

 地球圏の経済を語る上で、欠かすことのできない存在である複合企業体アナハイム・グループが、ここ数十年の負債がたたってついに経営に破綻をきたしたのは、終戦後まもなくのことだ。

 世に言うアナハイム神話の崩壊である。

 アナハイム・エレクトロニクス社(AE社)は倒産こそ免れたものの、様々な分野へと手を広げていた事業の大半から撤退することになり、そのことは組織の分裂を招いた。

 長年シェアの独占をはかっていたアナハイムの崩壊は、各企業間の競争を活発化させ、戦後復興のこの機会に勢力を伸ばそうとする組織がいくつも現れた。

 この研究施設、通称『センター』の出資者であるヴェクター財団もそのひとつである。

 ヴェクター財団は、もとは隕石の捕獲とそれによるレアメタルの採掘によって財をなしたと言われている。それが終戦後に分散した元AE社傘下の企業や技術者を吸収して、今度はモビルスーツ開発へと事業拡大を狙っているのだ。

 そしてモビルスーツ開発に関して技術的な蓄積を持たない財団には、まずモビルスーツ開発におけるノウハウを他から入手することが必要だった。

 すなわち、軍の研究施設に多額の出資を行うことで研究の主導権を握り、そこで得られる研究データを始めとした軍の長年に渡って蓄積されていった運用データを自分たちのものにしようとしたのだ。

 今回のメアリーの査察は、そうした実質財団のもと運営されているセンターでの研究開発が、軍上層部の求める成果を上げているかを調査する――といったものだった。


   *


 その少女の姿を見つけたとき、まずメアリーが思ったことは、

(どうしてこんなところに女の子がいるのかしら?)

というような、ごく平凡な疑問だった。

 午前の視察予定を終えて、午後の視察が始まるまでの合間の息抜きにと足を運んだ、施設中央のラウンジでのことである。

 メアリーは案内図を頼りに、ひとりでこの場所までやってきた。視察を終えたあとにケイオスは「どうです? よろしかったらご一緒に食事でも?」と彼女のことを誘ってきたが、丁重にお断りさせてもらった。

 ケイオスが自分の監視役という事実以前に、露骨な下心を隠そうともしない彼の軽い態度が不愉快に思えたし、何よりメアリーはひとりになりたかった。

 午後にはここで実際に開発されている新型マシンを視察し、明日からは本格的にこの施設に対する調査を行わなければならない。それが一週間後の新型機のテストまで続くのだ。

 考えただけでも気が重くなる。

 初日からこの調子では先が思いやられるとは考えながらも、とにかく今はひとりになって少しでも気を休めよう……。そうメアリーが思ってやってきたラウンジに、少女はいた――。

 その少女はメアリーが気づく前から、彼女のことをジッと見ていたようだった。

 その眼差しが、本来この年頃の子どもが持つに似つかわしくない落ち着きを持っていて、その瞳の奥に無視できない強さのようなものがある気がしたから、メアリーは声をかけるのも忘れてしばらく少女の瞳に見入ってしまった。

 しばしの後、最初に沈黙を破ったのはメアリーの方だ。自分より年下の女の子とはいえ、初対面の相手である。まだ挨拶もしていないことに気づいたのだ。

「こんにちは」

 メアリーは少女の目線の高さに合わせるように腰を屈ませ、やさしく笑いかけるようにした。

 初対面の女の子を警戒させないためだが、その少女は何も言わず、物怖じしない目でメアリーを見つめ返してきた。

 かわいい女の子だ。少し茶が入った綺麗な金髪をかわいらしくリボンでふたつにまとめている。

 さっき見たときは落ち着いた雰囲気から十四、五歳くらいかと思ったが、こうしてとなりで見るともう少し幼い感じだ。まだジュニアスクールくらいだろうか?

「わたしはメアリー、今日初めてここにやってきたの。あなたのお名前は?」

 そう尋ねても、目の前の少女はただひたすら黙っているだけだ。それも緊張していたり、恥ずかしがったりしている訳でなく、まるですべてを見透かしたような目をメアリーに向けてくるのだ。

「え〜と……あなたはここで何をしていたのかな? よかったらお姉さんにも教えてもらえないかしら……?」

 自分よりずっと年下の少女の超然とした様子に、逆に年上のはずのメアリーの方がドギマギしてしまう。

「そら……」

 ようなく少女が口を開いてくれた。

「そら?」

「空を見てたの……」

 そうして少女は今度は上を向いた。

 ラウンジのドーム型天井は採光のために吹き抜けのガラス張りになっていて、確かに空に雲が流れるその光景がよく見える。

「空……あなたはお空が好きなの?」

 メアリーがそう聞いても、また少女は黙って空を見つめているだけだった。

「お空が見たいなら、ここよりも外の方がよく見えるわよ? なんだったら、お姉さんが一緒に……」

 急に少女がこちらを向いき、刺すような視線をメアリーに向けてきた。その瞳の鋭さに、一瞬メアリーは怯んでしまう。

「あの……ごめんなさい。わたし何かヘンなこと言っちゃったかな? あの……」

 メアリーが言い終わらぬうちに少女はプイと横を向くと、そのままとことこ歩き出した。

「待って! お姉さんが何かおかしなことを言ったなら謝るわ。だから……」

 メアリーは少女を追いながら、焦っていた。しかし、肝心の少女はそんなメアリーに構わず、振り向いて一言だけ言った。

「ついて来ないで」

 一言だけの、しかし、強い意思表示。

 少女はそう言い放つと、またくるりと横を向き、通路の奥へゆっくりと歩き去ってゆく。

 その姿を、メアリーはただ立ち尽くしたまま見つめているだけだった。いや――それしかできなかった……。



「いやはや……どうやらあなたは彼女に嫌われたようですな……」

 メアリーは少女の姿が通路の奥に消えた後も、しばらく呆然としていたから、いきなりケイオスに声をかけられたときは心臓が飛び出してしまうかと思うくらい驚いた。

「ケイオスさん……? いつからそこに?」

「ここに来て早々プリンセスに嫌われるとは、あなたもツイていませんなァ〜」

 メアリーは動悸を抑えできるだけ冷静に尋ねたが、ケイオスは彼女の質問には答えずに少女が歩き去った廊下を見ながら、呑気にそう言った。

「プリンセス……?」

 そのケイオスの態度に軽い反感を覚えながら、メアリーはひとつのことを思いついていた。

「さっきの少女は財団関係者のご息女か何かなのですか?」

 もしそうだとしたら、メアリーはいきなりスポンサーの機嫌を損ねるような真似をしてしまったことになる。

 あの少女が彼女のことを親に話せば、すぐさま軍上層部に対して財団側からクレームがつくのは目に見えている。軍の高官たちからしてみれば、スポンサーの機嫌とメアリーの首などは秤にかけるまでもないだろう。

(ひょっとして……いきなりドジしちゃった?)

 そう考えて、その想像にメアリーは自分で顔を蒼ざめた。

「いいえ。彼女は別に財団の関係者ではありませんよ」

 だからケイオスがそう答えたときには、メアリーは心の中でホッと胸を撫で下ろした。

 しかし――だとすればあの少女は何者なのだろう? まさか、研究員の子どもでもあるまいし……。

「そうですね。彼女がいなければここの研究は成り立たない――といったところですかな?」

 まるでメアリーの抱いた疑問を見透かす様に、ケイオスが答える。が――ますます訳が分からなくなる。あの少女がそんな重要人物だとでもいうのだろうか?

「そう……彼女はまさにこのセンターのお姫様なんですよ。あなたにもすぐに分かりますよ……」

 そこで彼はメアリーに振り向いた。

「すぐにね……?」

 そう告げるケイオスの顔は、今までにもましてヘラヘラと笑っていた。

 楽しくてたまらない――そんな風に……。

「ところで……ご食事はまだでしょう? 是非ともご一緒したいのですがねェ……?」



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